ポーランド派ポスター第1回 ワルシャワ - ポスターの聖地

ポーランド派ポスター第1回 ワルシャワ-ポスターの聖地 ポーランドポスター学校 ワルシャワ国際ポスタービエンナーレ トマシェフスキの子供たち

ワルシャワは、ポスター芸術の聖地と呼ばれている。戦後、ポーランドポスターが果たした役割に、敬意をこめてそう呼ばれている。

1948年ウィーンで開催された国際映画ポスター展で、ヘンリク・トマシェフスキが、5部門で金賞を受賞したことによって、ポーランドポスターは国際的に注目されるようになった。また、1953年に開催された『全ポーランドポスター展』は、社会主義リアリズムから決別する展覧会となり、世界を驚かせた。そして、1956~1963年の『ポーランドポスター学校』の活動は、世界にポーランド派ポスターの存在を確実に知らしめた。日本から当時のポーランドを眺めると閉鎖された社会に見えたが、ポーランドの情報は陸続きの周辺諸国に流れていた。例えば、『ポーランドポスター学校』と命名したのは、ヤン・レニッツアがワルシャワから西ドイツへ持ち帰ったポーランドポスター展のカタログを見た西ドイツの評論家である。第2次世界大戦で破壊されたワルシャワの街を、ポスター芸術によって明るくし、ワルシャワ市民に希望を与え続けた『ポーランドポスター学校』の存在は、高く評価されるべきである。その後、1965年にポーランドポスタービエンナーレ(カトヴィツェ)が、1966年にワルシャワ国際ポスタービエンナーレが開始され、1968年にはヴィラヌフポスター美術館が創設された。戦後活躍したグラフィックデザイナーで、ワルシャワを訪れていないデザイナーは、ほとんどいないと言われている。日本では、亀倉雄策をはじめ永井一正、田中一光、福田繁雄、勝井三雄、U.G.サトー、秋山孝ら多くのデザイナーが訪れている。

ワルシャワの中心街は、旧王宮の城壁に囲まれた旧市街であり、ここからヴィラヌフ宮殿まで南北に走っている道路沿いに、ワルシャワ大学、ワルシャワ美術アカデミー(大学)、聖十字架協会、国立博物館、ショパン像があるワジェンキ公園等がある。2010年6月のワルシャワは、ショパン生誕200年祭で彩られていた。ワルシャワ美術大学の3階に、ショパンの博物館がある。なぜ美術大学にショパンの博物館があるの?と野暮な質問はやめよう。この博物館には、数多くの著名な人が訪れている。数年前に私が入館したときに、サイン帳に前日の日付けのヘミング・ふじ子のサインがあった。その下に私は「ショパンを愛するように、ポーランドポスターを愛するワルシャワの街が好きだ」とサインした。しかし、ここ10数年間のワルシャワをみていると、ポスター芸術の聖地として、敬われるのか、心配している。今回の訪問で、もう一度『ポーランドポスター学校』の活動を振り返る必要があると強く思った。

まつうら のぼる

金沢大学人間社会学域学校教育学類教授・学校教育系長
日本デザイン学会会委員 (社)グラフィックデザイナー協会会員
日本教育大学協会美術部門・教科内容学検討委員会委員長
大学美術教育学会会委員

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